リレーエッセー 第67弾

中国を見る目

北京支部 支部長 伊藤武司 (学30C)

この度、北京支部長に就任しました伊藤です。中国学科出身で、1981年(昭和56年)に丸紅(株)に入社し、最初の9年間は中国市場開拓業務に従事し、商社が扱うあらゆる商材を担当しましたが、1989年、天安門事件があった年に帰国し、それ以来22年間は一貫して食料、特に穀物取引を担当してきました。 これまでの駐在地は、大慶(中国最大の油田)、大連(2回)、台北、香港、天津、北京で、年数にして約22年間の中華圏の滞在となりました。


さて、早いもので、大学卒業してから30余年。一貫して中国ビジネスの世界で生きてきましたが、その経験の中で、強く印象に残っていることを二、三、お話ししたいと思います。 まず、私が持つ歴史認識からお話ししたいと思います。 私は学生時代から、映画鑑賞が大好きで、それも、アジアや東欧、イランなど商業ベースにはなかなか乗らない映画をいろんなメディアを通じ見つけ出し、社会人になってからも休日を利用し、よく見に行きました。 幸い、本社近くの神田神保町に、「岩波ホール」という良心的な映画を上映する映画館があり、その関係で、支配人の高野悦子さんとも知り合いになり、その縁で、1987年に当時駐在していた大連にて、日本映画祭を企画しました。 旧満州(現中国東北地方)出身或いは滞在していた国際的文化人は数多く(以下敬称略)、世界的指揮者の小澤征爾、小説家では安部公房、水上勉、俳優では森繁久弥、芦田伸介、宝田明。そして上方喜劇人の藤山寛美もそうです。 ところが、この映画祭には、これらの著名人よりもさらに有名な人が、高野悦子さんの呼びかけもあり、手弁当で参加してくれました。 それは俳優の三船敏郎さんと、「寅さん」の山田洋次監督です。 共に、大連で青年、少年時代を過ごされましたが、三船さんはこの時の訪中が、戦後初めてで、結局、この訪問が最初で最後の訪問となりました。かって日本の植民地であった大連に対して特別な感情もあり、そう簡単には行く気になれなかったとお聞きしました。

日中間には不幸な歴史があります。今尚、靖国、尖閣列島などの問題で両国の関係は揺れ動き、私たち中国ビジネスマンはそのたびにあおりを受けます。これは天安門事件後の共産党による歴史教育にも一因があると中国人の友人は言います。 89年のベルリンの壁崩壊後、中国政府は共産主義では、これからの中国国民を抑えることは不可能だとの強い信念から、次に「民族主義」というカードを切ります。それが、中国人の歴史教育に反映され、反日教育の火ぶたが切られます。 確かに、我々現地駐在員にとって、特に30代、40代の中国人スタッフが最も扱いにくいのも頷けます。

中国でビジネスを志す人間にとって、避けて通れないのがこの歴史問題です。逃げずに、向き合うしかありません。戦前、満州という国が確かに存在し、日本人はそこで統治者として振舞っていたことは事実です。 南京事件についても、諸説がありますが、これを全くでたらめだと言いきれば、そこで中国人は心を閉ざします。中国人にとって絶対に譲れない一線については、尊重しなければなりません。 日中間の健全な関係確立は「加害者日本対被害者中国」という贖罪意識を超克し、一人一人が対等な人間関係を確立することから始める必要があるとおもいます。

次に、中国を取り囲む周辺国の中国を見る目について、お話ししたいと思います。 私は、70年代後半、大学を1年休学し台湾の高雄で、現地の友人と日本語塾を共同経営しておりました。高雄、本省人と言われる日本びいきで、中国嫌いの人々の生活空間であり、マイノリティからの視点で中国を見ておりました。 近年、我々日系企業と中国企業とのコラボによる東南アジア進出の流れに乗り、ミャンマー、ラオス、ベトナム、インドネシアなどに出張する機会が多くなっておりますが、現地の人が、中国及び華僑資本に対する思いには複雑なものが感じられます。 ここでは、「強者・中国対弱者東南アジア諸国」という構図が見られ、特に人口が少なく、港湾施設、鉄道などインフラが遅れているラオスなどは、中国の半植民地ではないかと思われる程です。

私のつたない経験から申し上げたかったのは、中国を見る目は一つではない。中国を知り好きになり、そこでの仕事生活が楽しめるようになるのが理想ですが、同時に中国を相対化出来るポジションに立つことが大切です。 台湾や周辺国家から、中国を見る目を持ち続ける必要があると思うのです。 これからも、いつまでも新鮮で、柔らかい精神をもって、できるだけいろんなアプローチ方法を試しながら、中国と付き合っていきたいと思っています。

最後に、我々北京支部の活動についてPRさせて頂き、拙文を終えたいと思います。


ラン平県西地満族郷肖店村小学校・北京日本人会希望プロジェクト

本プロジェクトは2001年11月、同校に対する文房具寄贈から始まりましたが、その後中断、2009年8月により再開し、プリンターと優良図書300冊を贈呈。 今年で3年目となります。同校の就学児童数は約200名。雪深い地域で、最も遠くから通う子供は約10km歩いて登校してくるようです。 学校側はパソコンなどを希望していますが、当方としては、支部経費及び募金金額との関係もあり、優良図書の贈呈運動を引き続き継続したいと考えております。 同校の蔵書数は4400冊以上ということですが、全く子供たちに夢を与えない都会への出稼ぎガイドや法定判例集など、情操教育には程遠い内容ばかり。 図鑑や日本のアニメ・小説(中文翻訳したもの)など子供たちが目をキラキラ輝かせるような本や日中友好に役立つものを特に選定して、地道に贈呈運動を続けたいと考えています。楠ヶ丘会を通じ、是非ご協力願います。

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2023年7月26日

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