リレーエッセー 第106弾

一週間の北京

佐藤 晴彦(修2C)

はじめに―蒋紹愚先生との再会

2015年12月10日から17日まで北京へ行ってきた。前回行ったのが2013年だったので、二年ぶりの北京だった。 そして北京空港には、なんとあの北京大学・蒋紹愚先生がわざわざ出迎えに来てくださったのだ。

2015年7月の「リレーエッセイ」第99弾で紹介したあの蒋紹愚先生だ。 昨年6月、筆者は関空で5時間お待ち申し上げたのだが、先生もさすがにそのことを気にされていて、 今度はどうしても自ら北京空港に迎えに行くとおっしゃるのだ。 先生自ら迎えにお越しになるのだけはやめてほしいと何度もお願いしたが (別に卑下するつもりはないが、同じ教授でも北京大学教授と神戸外大教授とではやはり格が違う)、 頑として聞き入れず、自ら迎えにきてくださった。どこまで謙虚な先生なのだろう。

北京は、ここ十数年ほぼ毎年のように中国旅行へ行く時の経由地だったが、 今回は清華大学の張美蘭教授が招聘してくれた、学術交流が主たる目的だったので、ここ十数年の旅行とは少し違う。 学術交流で北京へ行ったのは、2001年に北京大学で講演して以来だから、実に14年ぶりだった。

久しぶりということもあってか、驚かされることが多々あった。その一斑を紹介したいと思う。


(1)パネル型パソコン?

北京大学で講演した時のこと。北京大学の講演では初めから終わりまで、蒋紹愚先生のお世話になった。 行く前、「今、レジュメを作成している。」というメールを出したところ、 「レジュメは要らない。"U盤(USB) "を持ってくるだけでいい。」という返信。 レジュメの作成が不要なら助かると思い、講演原稿をUSBに入れて持って行った。

ところが、会場に着くと、パソコンが見当たらない。 どうするのだろうといささか不安になって「パソコンは?」と尋ねたところ、 私の後ろにあったパネルを指さし、「これがパソコンだ。」という返事。 「エッ!?これがパソコン!?」とビックリした。



           パネル型パソコン          2001年当時の北京大学中文系の教室

そしてこともなげに、USBをその「パソコン」に差し込むと、確かに講演原稿が出てきた。 しかもタッチパネルだ。恥ずかしながら、こんなパソコンを見たのは初めてだった。

聞けば北京大学中文系は2年ほど前に新しい学舎が建設され、設備も一新されたとか。 その際にこの新型機器も導入されたのであろうが、 2001年に中文系に行った時は、「何だか暗い教室やなあ。」と思ったことを記憶している。 それを思えば、教室内が明るいうえに、時代の先端をいく、近代的な機器が充実しており、 まさに隔世の感がした。



北京大学中文系の新学舎 蒋紹愚先生と筆者

ただ一つ心残りなことがある。「どこの製品か?」ということを聞き忘れたことだ。


(2)スマホでタクシー ―姜昆の"相声"を聴きに

本学の卒業生・仲谷明洋君(学61C)は卒業後外務省に入省し、現在は北京の日本大使館で勤務している。 私が北京に行くことを知ると、"相声"(漫才)に招待したいと言ってきてくれた。 中国の漫才に興味はあったものの、そう熱心に勉強したわけではなかったので、 果たして聞いて分かるかという不安もあったが、やはり興味があったので、連れて行ってもらうことにした。 新婚ほやほやの結衣夫人(学62C)もむろん一緒で。

漫才を聴きに行く前に腹ごしらえということで、北京ダッグをご馳走になった。 北京ダッグといえば"全聚徳"という店が有名で、北京ダッグ="全聚徳"という印象があったが、 最近では「味が落ちた。」というのがもっぱらの評判で、私もその噂をよく耳にしていた。 ということで、仲谷君が案内してくれたのは"大董kao鴨店"というお店。 何でも安倍総理もこの店に案内したということだった。

食べてみると、なるほど他店より美味い気がした。 店全体の雰囲気も大変よく、お茶なども冷めないような工夫がほどこされ、常に熱いお茶を飲むことができた。 こういう工夫をしている店に出会ったのは初めてで、こうしたおもてなしの気持ちが、 北京ダッグの味にも反映されているのかも知れないと思った。

腹ごしらえもできたところで、いざ漫才へ。 場所は"北京喜劇院"(北京市東城区朝陽門)、タイトルは"姜昆'説'相声"(姜昆「漫才」を語る)。 姜昆といえば、漫才に疎い私でも知っているくらい有名な漫才師。大物だ。 かつての大御所・侯宝林、馬季などの伝統を継承する超人気者だ。 「"相声"は聴きなれていないから、聴き取れるかな?」と不安な気持ちを抱きながら会場に行ったが、 観衆と一緒に笑えたから内心ホッとした。



          大董kao鴨店の料理

漫才が終わってから驚いたのは、仲谷夫妻が「楽屋に行く。」と言い出したこと。 なんと二人とも姜昆を知っているというのだ。 そう言えば結衣夫人が花束を二つ持っていたので、「何だろう?」と不思議に思っていたのが、その理由がやっと分かった。



  筆者  姜昆氏 仲谷夫妻  戴志誠氏

楽しいことは時間が過ぎるのを忘れてしまうという言葉通り、楽屋から表に出てきた時は、なんと晩の11時! しかも劇場の中にいたため分からなかったが、表の寒いこと寒いこと、思わず身震いした。 劇場は北京の東にあり、宿舎は西にあるため、タクシーで帰ることにしたが、なかなかつかまらない。 すると仲谷君がスマホを取り出し、それでタクシーを呼ぶという。暫くしてタクシーが来て、乗り込んだ。 仲谷君が運転手に宿舎の清華大学の行き方を説明してくれた。やっぱり手慣れたもんだ。

驚いたのはその後。宿舎に着いたら電話を入れて、お礼を言わなければと思っていたのだが、 清華大学の宿舎に着いた途端、仲谷君の方から電話があった。「清華大学に着きましたね。」と。 「えっ?なんで分かるの?」とビックリした。が、なんのことはない、GPSで追跡していたわけだ。 「では料金を支払います。」とのこと。なんと、料金の精算もスマホでできるのだ。

タクシー代をスマホで支払うのはごく当たり前であるかのように行われていた。 空港から大学、大学から大学へ移動する場合、いつも院生が同行してくれタクシーで行くが、 その場合でもスマホで代金を支払っていた。 日本では電車に乗る時、スマホで支払うことができるようだが、タクシーの料金を支払うことはできないのではないだろうか。 IT関係は、中国が一歩リードしているという印象が残った。


(3)本をスキャンすれば映像が

北京大学の蒋紹愚先生から、「新しく出版された本です。」と『漢語歴史詞彙概要』という著書をいただいた。

頂戴した本はこれで何冊目か分からないほどいただいている。 先生は、今でこそ主に近代漢語を研究しておられるが、もとはと言えば古代漢語がご専門だ。 古代漢語の辞典も編纂されているほど、本格的な古代漢語の専門家である。 が、今回の本は今までのとは大きく違う点があった。

先生が本の扉を開けられると、扉の裏にバーコードリーダーがあった。 「ここを"掃描"(スキャン)すればいい。」と先生が言われた。 すると、一緒に来ていた息子さんの奥さんがスマホを取り出しサッとスキャンした。 そして手慣れた所作でスマホを操作すると、


  

 蒋紹愚先生の新著    扉裏のバーコードリーダー

なんとそこに蒋紹愚先生の映像が現れたではないか。 そして本書はどういうことを目指して執筆したか、どういうことが書かれているかということを著者自身が説明されているのである。 これにも驚かされた。「本もここまできたか!」と感服してしまった。

この本は非常に面白いから、その内容の一斑を少し紹介してみよう。 例えば"睡覚"という語。この語は中国語の初級段階で習う語で、「寝る」という意味。 しかし、時代を遡れば、昔は「眠りから覚める」という意味だった。 つまり"覚"が本来もっていた「覚める」という意味があったわけである。 だから"睡"から"覚"めるという語構成だったわけだ。 それがいつの間にか、"睡覚"で「眠る」という意味に変化してしまった。 本書によればそれは明代からで、『西遊記』が多用していると指摘されている。


(4)おまけ(その一)―湯船?

皆さんはどうか分からないが、私は入浴する際どうしてもバスタブに浸かりたい派だ。 特に寒い冬の日などは、どうしてもバスタブに浸かりたい方で、シャワーなんかで入浴をすませるなどできない。 しかし中国もヨーロッパと同じで、ほとんどの中国人はシャワー派だ。 これまでにも、シャワーしかなく、バスタブがないホテルに宿泊し、困り果てた経験をしたことがあった。 今回もその点が心配だったので、宿泊する予定の清華大学甲所賓館にバスタブがあるかどうか、 清華大学で世話してくれる張美蘭先生に確認した。 そうしたら、「あります。」という返事。 で、安心して行ったところ、「バスタブがついている部屋が取れなかった。」という説明。 それで、「これを使ってほしい。」と持ってきたのが、プラスティック製のタライだった。 これにはさすがに驚いた。



       張美蘭先生が用意してくれたタライ

  右に写っているスニーカーと比べて

  大きさを想像してほしい。


しかもわざわざスーパーかどこかから買ってきたらしく、新品だった。 驚きと同時に、面白くもあったので記念にタライの写真を撮っておいた。 そのご好意はありがたいが、寒い冬の北京でこんなのに入って行水などしたら (「行水」なんて言葉を使ったのは何十年ぶりだろう?)、 間違いなく風邪をひいてしまうと思ったので、初日は入浴を諦めた。

二日目、なんとバスタブがある部屋が空き、その部屋に移ることになった。 「よし!これで今日は湯船に浸かれる。」と大喜びした。 入浴時間になって、さあお湯を入れようと思って、栓をしようとしたが、なんと今度は栓がしまらない。 いくら力を入れてやってもダメだった。 やむなくボーイを呼び、「栓がしまらない。」と説明した。 ダメだと言っているのに何回も栓をしめてみた。それでお湯を溜めてみようということになった。 そのボーイ君、カランからお湯を出さずにシャワー噴水口をバスタブに置いたまま、お湯を出そうとした。 「そんなことしたら、噴水口が跳ねて、お湯がかかるじゃないのか?」と思って眺めていたら、 案の定噴水口が踊りだしたかと思うと、ボーイ君、あやうくお湯をかぶりそうになり、「アイヤ!」と叫んで身をかわした。 私、「そら当たり前やろ。こいつアホと違うか。」と心中思ったが、口には出さなかった。 数分間の格闘のすえ、ボーイ君が一言、"Ni一定要泡ma?"(どうしても浸かりたいか?)とのたまいはった。 「お湯に浸かりたいからこそ、この部屋に換えてもらったのじゃないか!」と腹の中で思ったが、 まあ、ボーイに食ってかかっても仕方ないと考えなおし、その言葉は飲み込んだ。 ボーイ君ようやく自分では無理だと諦め、機械に詳しい係員を呼んできた。 さすがその道の専門家、一目見るなり、「栓が壊れている。」と言い当てた。 今すぐ修理するのは無理なので、応急措置をすると言う。 そこで、紙をしっかりと丸め、そのうえさらにビニールを巻き、栓の代用としてくれた。 この係員の手際よさを見ていると、こうしたトラブルは日常茶飯事なのだろうと思えた。 本格的な修理は明日になるということだったが、この応急措置でもお湯は問題なく溜まり、 その晩、ようやく快適な入浴ができた。

多分、これまでの泊り客はみなシャワーですませ、湯船にお湯を張るなどということがなかったのだろう。 だからこれまで気付かずに見過ごされてきたわけだ。 ボーイ君がバスタブにお湯を入れる際、カランからではなく、シャワーでお湯を入れようとした所作にも、 バスタブを使い慣れていないことが理解できた。

この湯船に浸かるか、シャワーですませるかというのも、一種の異文化現象に入るのではなかろうか。 日本人でも若い人の層ではシャワー派が増えてきているような感があるが、 年配、お年寄りは依然として湯船派が多いのではないだろうか。


(5)おまけ(その二)―PM2.5

北京へ出発する前、北京のPM2.5がどれほどヒドイかということがテレビで連日報道されていた。 ために覚悟を決めて、PM2.5対応のマスクを10枚準備して持って行った。

12月10日北京空港に着いた時は、確かになんとなくどんよりした空模様だったが、テレビで観るほどのことはなかった。 しかし、それも到着直後のことで、時間がたつにつれだんだん晴れてきた。 結果的に、筆者が滞在した一週間は晴天続きだった。


                  

清華大学宿舎前にある槐(えんじゅ)           清華大学宿舎で見かけた"喜鵲"(カササギ)

                  空の青さをご覧あれ                     中国では幸運の鳥と考えられている


帰国した翌日の18日はまた「赤色警告」が発令されたから、あの一週間の晴天は奇跡的なできごとだったように思われる。 清華大学宿舎前に槐の木があった。確か魯迅の文章で"槐樹"という語が出てきた記憶がある。 それで、「これが"槐樹"か。」と思ってシャッターを切った。偶然背景の美しい青空が写っていた。 その槐の下に"喜鵲"が一羽ピョンピョン跳ねているのを見かけた。 "喜鵲"は以前釣魚台で見かけたが、釣魚台のより、こちらの方が肥えている感じがする。


おわりに―楠ヶ丘会北京支部

最後になったが、筆者が北京に来るということを知り、楠ヶ丘会北京支部の代表―吉見哲哉君(学35C)―がわざわざ一席設けてくれた。 聞くところでは、吉見君は「鬼の佐藤が北京に来る。」と聞いたとたん、ドッと冷や汗が出てきたそうだ。 そう言えば、北京支部会開催中も、異様に汗をかいておられた。あれも冷や汗だったのだろうか。

北京支部の皆さん、お忙しい中、10名の方が駆けつけてきてくれた。 支部会は「北京宮」という店で行われた。「北京宮」という店は隠れ家的な神秘的な店だった。 なんでもかの溥傑ゆかりの店舗だとかで、 店を入ったところに溥傑の揮毫による「北京宮」という額が掛けてあった。



      楠ヶ丘会北京支部のメンバー                        溥傑の揮毫で「北京宮」とある


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