リレーエッセー 第71弾

一番長い一日

楠ヶ丘会会長 小林 信次郎

2012年12月15日(土)は3つも重要な会が重なった。 友へのお別れ会、マーケティングコンテスト並びに黒人研究の会12月例会と送年会とである。 とても長い一日となった。


お別れの会

ここで言う友とは50年以上も神戸市外国語大学同窓会楠ヶ丘会の役員をともにやってきた田口博之君のことである。 彼が旅立った12月13日の2日前となる11日入院先の明石の同仁病院に見舞った時は20分前後ベッドサイドで見守りながら時々声をかけたりしたものだがなんら反応らしい動きは見られなかった。 静かに眠っているのみであった。おりから見回りに来ていた看護師さんが反応がないように見えても御本人には分かっていますから声をかけてあげてくださいとその場を取り持ってくれるのであった。 長い闘病生活でさすがに往年の田口君らしさは影を潜めてしまっていたが、ひょっとすればもう1度元気になるのでなかろうかと希望めいた思いがふと浮かびさえしたものであった。 いずれにしてもそれが最後の見舞いとは思いさえしなかったから13日午後8時過ぎ逝去との連絡があったときは驚き、人生の非情を改めて思い知らされるのであった。

田口君の意思により寺院関係者に依頼しないで一族と知人友人のみによる「お別れの会」(12月15日12時〜14時半)がタルイ会館土山でひらかれた。 参列者は一人一人花で飾られ、生前愛用していたハーモニカが1丁そなえられてある祭壇に進み、お棺に納まっている故人と対面して焼香を捧げご冥福を祈念できるのであった。 棺の中の田口君は一昨日見舞ったときとは全く別人で、平常の元気者の寝顔であり、頬などはふっくらとしているだけではなく赤みを帯びてさえしていた。 しばらくすると祭壇を背にしてお孫さん達の紹介があった。 全員で8名と数が多く、少子化時代の現在一斉に集合すると豪快ですらあった。 年齢層はまだ赤ん坊という幼児を含めて小学生が主力のように思われた。 だからお孫さん達のみでは自己紹介が十分にはできない関係もあってであろうかそれぞれの親、換言すれば故人の実子達が機知に富んだ小さいスピーチで紹介を代行する結果となった。 式場の空気は一気に和み田口君の生前の親子関係の一端がつまびらかに眼前に展開されるのであった。 少し大げさな表現になろうが、親から子供へ、さらには孫へと命の継承を象徴するもののように思われるのであった。


第2回全国大学生マーケティング・コンテスト

上記の会は神戸市外国語大学全国大学生マーケティング・コンテスト運営委員会(委員長 アダム・アカー准教授)が主催し、大学が共催という内容も形式も大変珍しい全国大会である。 この大会の特徴は2点あり、1つはプレゼンテーションは英語で行うこと、いま1つは3つのソーシャルメディア(Youtube, Twitter or mixi)の中から少なくとも1つ選択し、各自のマーケティング・プランの中に組み込むことである。 今大会の課題は「神戸ハーバーランドへの来客数増加策」であり、全国の参加学生が「ハーバーランドの魅力」を前記のネットに投稿することにより、神戸ハーバーランドの名前や魅力が世界全体に発信されることになる。 本大会に後援や協賛する組織やグループは約30に上る。 神戸市、NHK神戸放送局、ジャパンタイムズ、ケンブリッジ大学出版局、デュオこうべ等である。 本大会の趣旨に賛成して第2回大会より1個人として特別に協賛して寄付金を拠出される卒業生が現れた。 学14ロシア学科出身の荻野正明さんである。 荻野さんはこの10年間は毎年欠かさずわれわれの楠ヶ丘会にも寄付を寄せてくださっているから改めて敬意と感謝の念を深めるばかりであった。

本大会の予選は参加グループが18大学29チームと多かった為に11月に関西と関東との2ヶ所で予選大会を行い、勝ち残った7チームに会場校の母校から1チーム加えた計8チームによる決勝戦が12月15日に神戸外大の「大ホール」でひらかれていたのである。 主催者枠の1チームも激戦で26チームもの応募があったものであるから外部のチームと同様に書類選考、大会決定の学内大会を勝ち抜かなければ勝ち残れないという大激戦であった。 その15日14時頃に私は会場にたどり着けた。 しばらくするとちょうど20分間の中休みとなりで参加者一様にくつろぎだしていた。 それでもコンテストらしく大学ごとのグル―プになったままのところが多かった。 会場を見渡すと神戸市外国語大学の協賛事業らしく船山学長や中野事務局長等の姿も認められた。 他の役員や審査員の方がたも演壇近くに固まっておられた。 お目当ての1人の荻野正明さんは直ぐにそれと分かった。 参加者と交換した名刺を見ながら談笑しておられた。 私も頃合いを見てその場に加わって挨拶を交わした。 2人の話題はコンテストの印象から長年海外で活躍しておられる外国語体験へと移っていった。 「ロシア語の出身で卒業後約50年経ちますがロシア語を使ったことは先ずありません。いまは香港中心の生活をしているので中国語を使うだけでなく、その奨励にも微力を尽くしています」むね微笑みながら語られるのであった。


黒人研究の会12月例会 送年会

上記の会も早くから12月15日15時〜に決まっていた。 この研究会は創立59年目になる神戸市外国語大学生まれの旧い研究会である。 40年ぐらい前までは同校の専任教員が何人か会員におられて、同校で例会があるごとに会場の設定などを担当してもらえた。 ところが現在は会員に専任教員がおられないので会場の借用を申し出て鍵を受け取り、会場の設定等を外部のものが出向いていって行わなければならない。 そのうえ土曜、日曜は休みなので研究会が週末の場合は鍵はウィークデイに前もって受け取りに行かねばならない。 この15日はまさに土曜日にあたっていた。 大ベテランの赤松光雄先生がこの役を引き受けてくださったのであった。

その日の15時頃に「大ホール」を抜け出して例会場の楠ヶ丘会館会議室に行き着けた。 予想通り参加者は20名足らずではあったが雰囲気がいつもと違って沈黙がちであった。 発表者の一人である木内 徹さん(日本大学教授)が欠席とのことであった。 木内さんは黒人文学に関する書誌学の日本でのパイオニアであり、当日は韓国英語英文学会におけるシンポジューム「アジア的視点による黒人研究」報告を行う予定で期待も大きかっただけにショックも強かったのであっただろう。 韓国からの航空便が濃霧のために欠航したからだとの続報が入ってきた。 仕方がないので開会を少し遅らせ、もう一人の発表者に時間を十分取っていただくことに予定変更された。

森川鈴子さんはシカゴ州立大学の准教授で黒人学生も混じっているクラスで歴史の講義を担当しておられる。 史上初めてのアメリカの黒人のバラク大統領の選挙地盤のシカゴで日本人の森川さんが黒人学生に黒人の歴史を教えることだけでも話題性があろう。 森川さんは会員であるから自主的に申し出て自費で来日し例会発表をされるので注目された。 発表のタイトルは、アフリカ系アメリカ人女性史における「アフリカーナ ウォーマニズム」であった。 教えられるところが多かったが、わたし自身の勉強課題が少し残った。 例えばアフリカーナとは南アフリカのオランダ系白人をさすと思っていたが、森川さんはアメリカの黒人のことであって、前者はアフリカーナーと語尾に「ー」を加えていると説明された。 いずれにしても現場で教育と研究に従事しておられるだけあって、珍しい話題も多く有益な発表であった。

18時過ぎから当会場の二階の畳の間に会場を移して鍋料理による送年会がはじまった。 黒人研究の会の忘年会は送年会と独自の命名をして事務局のある地域で行われてきた。 加藤代表になってからは当然京都で、それも京都駅構内のピザ料理による送年会が多く、ワインによる乾杯はあったが飲み物を勧めて回ることはなかったと思う。 ところが畳の間で鍋料理に酒となれば、話は別である。 半時間もすぎて少し落ち着くと酒をついで回る人が出始め、少し盛り上がってきたころ、タイミングを見計らっていたかのように、「マーケティング・コンテストの方では神戸外大が優勝した」と耳打ちしてもらえた。 これは外大関係者には朗報であっても他大学の方にとっては必ずしもそうではない。 席を外して窓を少し開けてみると雪が少し降ってきていた。 さながらショウのラストシーンの花吹雪を望見しているようでもあった。

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